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第3章 旭川

 2012年。山田航の短歌の本が出版された。その本の出版を記念して、数人の作家が集まり、それぞれが、本から好きな短歌を一首選び、作品化しようという企画展があった。

 私はその本の中に、「またの名を望郷魚わがてのひらの生命線を今夜ものぼる」という短歌を見つける。その望郷魚は原風景を見つけた時の自分のようだと思った。生命線はまるで石狩川の様に思えた。そして、その短歌の力を借り、旭川の橋の写真などを数枚と、文章で構成した作品作り上げ出品した。この作品が出来た時、ようやく個展ができるかもしれないと思ったのだった。

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またの名を望郷魚わがてのひらの生命線を今夜ものぼる

 


 いつも石狩川を渡っていた。幼い頃母とプラネタリウムを見に行く時も、小中学生の頃、友人と市街地に遊びに行くときにも川を渡った。あまり行きたくもない高校へ向かう時も川を渡ったし、生まれ育った旭川の街を出るときにもやはり川を渡った。

 幼い私が母に手を引かれ小さな橋の上を歩く時、川の向こうに得体の知れない大きな何かを感じていた。自分の意思の及ばない絶対的な力。川の向こうの世界はどこまでも果てがなく、永遠に続いているようだった。対岸に途方もなく大きななにかを感じながら川を渡る時、うらぶれた橋を歩いて渡っている自分たち親子があまりにも小さく思えて、世界から家族を守らなければというような、使命感のようなものを感じながら手を引かれていた事を今でもよく覚えている。川の向こうに何かを見ながら、いつしか石狩川は私の心の中にひとつの境界線として存在していた。

 家という小さな世界から外へ出るようになり、そして橋を渡った。旭川、北海道、日本という境界を越える中で、地球をも意識できるようになっていき、ベトナムの山奥では宇宙さえも意識した。現実の距離の中で存在している境界線だけではなく、概念の中で存在しているたくさんの曖昧な境界線についても、少しずつ意識できるようになっていった。様々な境界線を越えて、大きなものの見方、陰と陽の入り交じった世界の事を少しずつ考えるようになっていたけれど、石狩川という境界線は特別だった。

 私は今、小さな頃に見た境界線のむこう、果てしなく続いていた世界で生活している。小さな頃に比べれば随分遠い所へ行けるようになった。様々なものに限りや果てがある事も知った。そうしてたくさんの時間が流れ、幼かった頃に母と渡った小さな橋も、今はもうなくなってしまった。同じ名前の別の橋になった。走り回って遊んでいた家の近所の景色も随分変わった。いつもお菓子を買いに通った商店もなくなったし、記憶の中で黄金色に輝いていた場所も雑草に覆い隠されてしまった。生活の中で、悩みも驚くほど増えた。現実にうちのめされ、処理しきれない気持ちを抱えたまま、ときに恐ろしさを感じるほどの早さで時間が流れ、毎日が指の間からすり抜けてゆく。

 悲しみでいっぱいになった真夜中、私は目をつぶる。対岸、果てのない世界から、今はもう無くなってしまったあの橋を渡り、黄金色に輝く世界へ帰ってゆく。あたたかい光の中、大切なものを想い、対話し、悲しみを溶かす。そしてまた、小さな橋を渡るのだ。

- 山田航歌集「さよなら バグ・チルドレン」をめぐる変奏展 - 出品写真、文章
@テンポラリースペース
-山田航「さよなら バグ・チルドレン」ふらんす堂 (2012)より
「またの名を望郷魚わがてのひらの生命線を今夜ものぼる」 

 

 

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