news / works / cv / memo / contact

1 / 2

2015.05.03 【写真展「せかい」と「こころ」のおわりに】

私は大きなバックを背負っています。バックパッカーのように。

カメラを手にしてから8年間、撮った写真をその中に入れ続けて来ました。それらの写真を個展で展示、または冊子にするなどして、バックから下ろそうとするのですが、何度発表しても写真が体から離れて行かず、その重さで身動きが取れなくなっていきました。それはまるで呪いのようでした。

過去に撮ったすべての写真に縛られ身動きが取れなくなっていた時、あるきっかけで自分の想いを乗せた文章を、写真と一緒に発表したことがありました。とても拙い文章でしたが、自分の想いをしっかり文章化した作品を発表した時、写真が初めて体から離れた感覚がありました。

そこで私は一度旅をやめ、今までの写真をカバンからすべて出し、それらと徹底的に向き合う事にしました。自分にとって写真とは一体何なのか。徹底的に。

撮り始めたばかりの頃の写真。ベトナムで出会った白内障の女の子の写真。海外から戻った頃にアイデンティティに悩んでいた時の写真。そして原風景を記憶の中で見つけた時の感動を形にした写真。それらの多くの想いが詰まった写真と向き合って行く中で、やはりその想いを文章化しなければならないと思いました。今まで文章など書いたことなど無く、下手な事は分かっていたのですが、身体中をがんじがらめにしていたものを少しづつほどいて紡いでゆく作業は、何より自分にとってとても意義のある行為だったのです。そうして紡いだ文章を、今まで撮ってきた写真と共に今回発表出来たことで、写真はとうとう体から離れ、バックから下ろすことができました。

そうして軽くなった体は、ようやく新しい事を求め始めたようです。

最後に、今回の展示のために書いた5つのテキストの最終章「札幌」をここに引用して、今回の写真展「せかい」と「こころ」を終えたいと思います。展示に協力してくださった皆様、写真展に来てくださった皆様、遠くから応援してくださっていた皆様、本当にありがとうございました。しあわせです。

 

5 最終章 札幌

ドブネズミみたいに美しくなりたい
写真には写らない美しさがあるから

ザ・ブルーハーツの有名な楽曲「リンダリンダ」の一節。私はブルーハーツが、好きだった。

高校生の頃、全く学校に行きたくなかった。授業からはなにも見出せず、教師陣もなにもかも気に入らない。しかし、だからといって気に入らない生活を抜け出す方法など、高校生の私は思いもつかず、ただ漠然と何かを求めて、ただ一日がおわった。学校という場を変えてゆくという方向にも、もちろん思考回路は開かれてはいなかった。

学校をやめることも、生活を改善することもできず、一体どうしたらいいのか。手も足もでない。未来のビジョンなど全く見えなかった。ビジョンを見つけるために何をしたらいいのかすらも分からなかった。朝、学校に足が向くはずもなく、目的も行き場もなく、ただ川沿いの堤防をフラフラと自転車で走った。そんな漠然とした生活の中、いつもポケットにウォークマンがあった。アイチューンなどない時代。カセットテープにお気に入りの曲を入れて聞いていた。イヤホンからはいつも大音量でブルーハーツが流れた。全てをシャットアウトして、イヤホンで耳を塞ぐ。周りの音など聞こえない。無気力でぼんやりした焦りや、怒りがある毎日の中で、彼らの音楽は優しかった。

4年かけて劣等生として高校を卒業し、19歳で旭川の実家を出た。生活の場は札幌に変わった。世界に打ちのめされた時、人とうまくやれない時、だれよりも一人ぼっちのような気持ちになってしまう帰り道、苦しく辛い現実のせかいから耳を塞いだイヤホンからは、やはりブルーハーツが流れた。

20代の後半の頃、私はカメラを買った。漫画みたいな劇的な展開や、きっかけがあったわけではなく、グラフィックデザインの素材集めのためにちょっと買ってみようかな、程度の気持ちだったように思う。しかし思いがけず写真を撮るのは楽しかった。思うままに撮り、2008年、はじめて個展を開いた。その頃から、写真について考えるようになった。写真とは一体なんなのだろう。私は写真でなにがしたいのだろう。そもそも、私は一体なにがしたいのだろう。

写真は私に、悩みや我慢したって溢れてしまう苦しみと一緒に、世界の美しさを教えてくれた。うまく生きられない私に、世界とのつながり方を教えてくれた。

頭の中で音楽が鳴っている。そうだ、私は、写真には映らない美しさを求めて写真を撮って生きてゆくのだ。将来のビジョンなど全く見えなかった高校時代とは違う。その決意は朝日よりも輝き、川沿いの堤防をフラフラとゆく高校生の自分をやさしく包んだ気がした。

今、ポケットには、ウォークマンの代わりにカメラが入っている。音楽が頭の中で鳴っている。耳はもう塞いでいない。

 

contact_photo

--2015.05.03

^ top


 

 

 

 

2015.04.16【写真展「せかい」に展示中のスライトスラッパーズの事】

contact_photo

photo

/SLIGHT SLAPPERS

 

私は部屋の壁にすぐ何か張ってしまう。写真とか、雑誌の切り抜きとか。シンプルな生活に憧れつつも、スペースがあったらペタペタと、すぐになにかを張ってしまう。もちろん好きなものだけ。

10年ほど前、一人暮らししていた狭い部屋の壁にも、やはりあれこれとペタペタ貼っていた。

そのなかに、SLIGHT SLAPPERS(スライトスラッパーズ)の写真があった。スライトスラッパーズ、通称スラスラは、1994年に結成された、日本のファストコア、パワーバイオレンスバンド。その頃は、まだカメラを持っておらず、写真の事なんてなにも分からなかったけれど、高いジャンプの瞬間を捉えた写真から溢れるエネルギーは凄まじかった。物凄くかっこよかった。

2年前の2013年、スラスラが来札するという告知があった。仲間内では事件として噂が駆け巡った。写真を撮り始めていた私は、あの部屋に貼ってあったエネルギーに満ちた美しいジャンプを、こんなに時間を経て自分で撮ることができるかもしれないという新鮮な驚きを感じ、興奮した。

ライブ当日。撮影の許可をもらうため挨拶すると、優しく応じてくださり嬉しかった。ライブは芸術的ですらあった。破壊的なエネルギー。圧倒的な存在感。そして疾走する轟音の中、私はファインダーの向こうに、あの写真のジャンプを見た。

あの写真から感じた熱量をはるかに超える圧倒的なエネルギー。その力強さは、ファインダー越しのせかいを激しく輝かせた。

 

 

contact_photo
FABULOUS WALL featuring Akitahideki 「せかい」

展示写真
コスモス / ザ・クロマニヨンズ / スライトスラッパーズ / タテタカコ / テニスコーツ / モソモソ

_

「せかい」
FABULOUS WALL featuring Akitahideki
会期|2015年4月11日《土》〜5月3日《日》
会場|FAbULOUS(ファビュラス)
場所|札幌市中央区南1条東2丁目3-1 NKCビル1F
公開時間|11:00〜24:00
電話|011-271-0310

「こころ」
会期|2015年4月21日《火》〜5月3日《日》
会場|TO OV cafe(ト・オン・カフェ)
場所|札幌市中央区南9条西3丁目2-1マジソンハイツ1階
公開時間|月−土 10:30〜22:00 / 日曜日 10:30〜20:00
電話|011-299-6380
※ 4月24日(金) 18時〜21時は入場が規制されます

--2015.04.16

^ top


 

 

 

 

 

2015.04.11【写真展「せかい」に展示中のタテタカコさんの事】

photophoto

/タテタカコ

 

できれば知りたくない、見たくないような事件や問題。
そういったものを知る事、目を向ける事には、ものすごくエネルギーが要る。
しかし、知るということ、しっかり見るという事はとても重要なことだと考えるようになった。
多くの悲しい事件や問題を、意識的に知るようにし始めた頃、
理不尽さへの怒りや無力感の中で、巣鴨子供置き去り事件を題材とした
是枝裕和監督の映画「誰も知らない」を知った。

映画の終盤に流れた挿入歌があまりに美しく心を打った。
絶望からすくい上げてくれるようなやさしい声。
それを歌っていたのがタテさんでした。

「一緒に歌うように撮ってくだされば大丈夫です」

ライブ写真を撮らせていただくにあたり、ライブ中シャッター音が気になりますか?
と、はじめて会うタテさんに少し緊張しながら質問すると、タテさんはこう言ってくださいました。

一緒に歌うように。
そのライブに、共振、同調しようと強く意識してスタートを待つ。

現実の世界で初めて聞くタテさんの歌声は、心の奥まであっという間にやさしく満たし、
まだライブは始まったばかりの一曲目だというのに涙が溢れてしまった。

タテタカコさんの歌声は本当にやさしい。
しかし、そのやさしい歌声の根底には、理不尽さに対する激しい怒りが渦巻いているのだと思う。
そしてそれこそが、このやさしい歌声を生んでいるのだ。そう思う。

その日、その歌声は、札幌のライブハウス、カウンターアクションを、
やさしく、そして力強く満たしていた。

 

 

contact_photo
FABULOUS WALL featuring Akitahideki 「せかい」

展示写真
コスモス / ザ・クロマニヨンズ / スライトスラッパーズ / タテタカコ / テニスコーツ / モソモソ

_

「せかい」
FABULOUS WALL featuring Akitahideki
会期|2015年4月11日《土》〜5月3日《日》
会場|FAbULOUS(ファビュラス)
場所|札幌市中央区南1条東2丁目3-1 NKCビル1F
公開時間|11:00〜24:00
電話|011-271-0310

「こころ」
会期|2015年4月21日《火》〜5月3日《日》
会場|TO OV cafe(ト・オン・カフェ)
場所|札幌市中央区南9条西3丁目2-1マジソンハイツ1階
公開時間|月−土 10:30〜22:00 / 日曜日 10:30〜20:00
電話|011-299-6380
※ 4月24日(金) 18時〜21時は入場が規制されます

--2015.04.11

^ top


 

 

 

2015.04.05【写真展「こころ」フライヤー】

photo

photo

/アキタヒデキ写真展「こころ」フライヤーイメージ

 

_P5

またの名を望郷魚わがてのひらの生命線を今夜ものぼる


いつも石狩川を渡っていた。幼い頃母とプラネタリウムを見に行く時も、小中学生の頃、友人と市街地に遊びに行くときにも川を渡った。あまり行きたくもない高校へ向かう時も川を渡ったし、生まれ育った旭川の街を出るときにもやはり川を渡った。

幼い私が母に手を引かれ小さな橋の上を歩く時、川の向こうに得体の知れない大きな何かを感じていた。自分の意思の及ばない絶対的な力。川の向こうの世界はどこまでも果てがなく、永遠に続いているようだった。対岸に途方もなく大きななにかを感じながら川を渡る時、うらぶれた橋を歩いて渡っている自分たち親子があまりにも小さく思えて、世界から家族を守らなければというような、使命感のようなものを感じながら手を引かれていた事を今でもよく覚えている。川の向こうに何かを見ながら、いつしか石狩川は私の心の中にひとつの境界線として存在していた。

家という小さな世界から外へ出るようになり、そして橋を渡った。旭川、北海道、日本という境界を越える中で、地球をも意識できるようになっていき、ベトナムの山奥では宇宙さえも意識した。現実の距離の中で存在している境界線だけではなく、概念の中で存在しているたくさんの曖昧な境界線についても、少しずつ意識できるようになっていった。様々な境界線を越えて、大きなものの見方、陰と陽の入り交じった世界の事を少しずつ考えるようになっていたけれど、石狩川という境界線は特別だった。

私は今、小さな頃に見た境界線のむこう、果てしなく続いていた世界で生活している。小さな頃に比べれば随分遠い所へ行けるようになった。様々なものに限りや果てがある事も知った。そうしてたくさんの時間が流れ、幼かった頃に母と渡った小さな橋も、今はもうなくなってしまった。同じ名前の別の橋になった。走り回って遊んでいた家の近所の景色も随分変わった。いつもお菓子を買いに通った商店もなくなったし、記憶の中で黄金色に輝いていた場所も雑草に覆い隠されてしまった。生活の中で、悩みも驚くほど増えた。現実にうちのめされ、処理しきれない気持ちを抱えたまま、ときに恐ろしさを感じるほどの早さで時間が流れ、毎日が指の間からすり抜けてゆく。

悲しみでいっぱいになった真夜中、私は目をつぶる。対岸、果てのない世界から、今はもう無くなってしまったあの橋を渡り、黄金色に輝く世界へ帰ってゆく。あたたかい光の中、大切なものを想い、対話し、悲しみを溶かす。そしてまた、小さな橋を渡るのだ。

 

アキタヒデキ

 

- 山田航歌集「さよなら バグ・チルドレン」をめぐる変奏展 -  出品写真、文章 
@テンポラリースペース 2013年3月

 

 

_P7-8

Tenniscoats
TOBIU CAMP


北海道白老で行われているトビウ芸術祭。その中に、森と土地と人とのつながりを意識した音楽フェス、トビウキャンプがある。

2012年から、カメラマンとして参加した。仕事としての写真ではなく、作家として自由に撮っていいという事で、特別な気持ちで参加した。

参加して特に心に残った事は、札幌の中央区で暮らす自分の日常の空間からは、あまりにも異世界だったという事。単に自然が豊かであったり、町中の喧噪からはなれた場所というだけの事ではなく、意識が異世界へ連れて行かれてしまうような異物感があった。同じ空間の中に存在する階層の違いを意識させられるような。そうした異物感が不快さを生むかと言えば決してそうではなく、むしろ心地よかった。心の中でホコリをかぶった屋根裏のような場所に、太陽の光が差し込むような感覚。そんな瞬間に何度か遭遇した。中でも、特に心が震えた場面は2度あった。

はじめは、ウポポ大合唱。参加者がたき火を囲み、アイヌの伝統歌であるウポポを歌い、踊る、トビウキャンプの大イベント。たき火は、火柱となって数メートルにも及ぶ。大きな火柱をしばらく眺めていると、体の奥からなにかあつい物があふれてくるのが分かった。細胞がささやき、そして叫びだす。そしてなんだか、自分は地球で生きてきた人であるんだな、なんて思った。まるで宇宙と直接繋がっているようだった。世代を超えて、体がずっと昔から少しずつ細胞に記憶してきた、なにか懐の大きな物が動きだして、直接語りかけてくるような不思議な感覚。心が、火によって浄化されていくのが分かった。火は偉大だ。真っ赤な時間。原始的で、根源的で、シンプルな力強さが、自分が人間である事を強く意識させた。

二つ目は、テニスコーツの演奏中。この瞬間は一生忘れない。

真夜中。トビウの森の中に、小さなオレンジ色のライトが一灯。その光で、闇の中にテニスコーツの二人がぼんやり浮かび上がり、まるで人ではないようにみえた。その静謐さは異界への入り口のようにも見えた。

演奏は静かにはじまった。植野さんのクラシックギターが空気を優しく揺らし、ピアニカを片手に持ったさやさんの、やさしくやわらかい声が、手で石を暖めるように、ゆっくり森を満たしていった。森の闇が暖かく旋律を包む。僕はシャターを切った。時間がやわらかく流れてゆく。気づけば、空がうっすらと青くなっていた。夜明けにはまだ遠い青い時間。ライトのぼんやりしたオレンジ色の光と、木の枝の隙間から見える空の青がとてもきれいで、その空間はどこまでも優しかった。

そんな時、おそらく演奏中だと知らなかったスタッフらしき人が現れ、悪気はなく、「ライト消しまーす」と、ひと声。不意に意識が現実に戻りそうになった。その時。オレンジのライトが消えた瞬間、戦慄のようなものが走った。周りの世界が、驚くほどの深い青に包まれていて、どこまでも本当にどこまでも静かで、葉っぱにたまった朝露が滴る音まで突然聞こえるようになった。耳のすませ方を初めて知ったような気分だった。テニスコーツの奏でる美しい旋律と、不意に訪れた深い青が混ざり合う、まったく電気のない時間。あまりにもその世界が美しく、涙がでた。シャッターを切った。シャッターの音が邪魔だった。

演奏は続く。青い世界はゆっくりと優しく溶けてゆく。少しずつ日の出が近づいている。素晴らしい一日を予感させながら。

地球。太陽。途方もなく大きなエネルギーを体が感じていた。新しい一日の始まりをこんなに美しく感じたのはいつだったか。小学生の頃の夏休みの朝のような。

これが去年、僕がトビウの舞台で異世界へ連れて行かれた2つの瞬間、「赤の時間」と「青の時間」の話。

今年も異世界、トビウキャンプの時期ですね。


-2013年、自身のブログより抜粋

 

 

フライヤーをどこかで見かけたら、手にとっていただけると嬉しいです。

 

-2015.04.05

^ top


footer